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「他者との関係の自分」と「自分との関係の自分」

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日曜日はホリコミの連続講演会でした。

この講演会は視野と可能性を広げるために、黒丸先生と認定カウンセラーの組み合わせで講演会を行ないます。前回は私が密教の思想の中に見えるホリコミとの共通性についてお話させていただきましたが、今回は同じく認定カウンセラーの渋沢綾さんことマルちゃんと黒丸先生の講演会でした。

渋沢さんは現在大学院で心理学を研究されています。今回は心理学という立場からの「自分」という見方と、ホリコミ的な視点からの「自分」の違いがハッキリわかる非常に面白い会になりました。

例えばこういうことです。

「自分が無理していると分かっているのに、良い人を演じてしまうんです…」

という悩みがあったとします。

心理学的な立場から言えば「どうしていい人を演じてしまうのか?」という視点で見ていきます。展開は色々なパターンが考えられますが、全体として「当事者自身に焦点が当たっていく」わけです。

一方ホリコミ的な視点では、誰か(もしくは何か)に対して「いい人」であったと考えます。つまりどのような自分でも何らかの他者との関係の中で初めて意味や実感を伴っていると考えるのです。

これはどういうことかというと、「自分」というのは各人の内側にある何かではなく、それぞれの人や物などを含んで成り立っているネットワーク全体に広がっているという風に見ているのです。親子関係、友人関係、夫婦関係、職場の関係、好きな人、嫌いな人との関係、ペットや本…すべてその広がりの全体が自己を成り立たせていると考えるわけです。

今回はそんな視点の違いからのディスカッションが非常に盛り上がり、本当に面白い会でした。

当然のことながら万能な答えなどあるわけがなく、一長一短です。

例えば、ホリコミ的な視点は現実的にはそれは間違いないですが、それを自分のものとして受け止める過程の部分は少し弱いかもしれません。自分と他者との関係で成り立っているとすれば、それは、どこまでも伸び広がっていきます。しかし、それだけだと自分という輪郭がぼやけてしまい掴みどころのない曖昧さがあります。

一方、心理学的な視点は自分自身に明確な輪郭を与え、他者との区別がハッキリしていきます。確かにこれば自分というアイデンティティが確立され自分が何者であるかというということが、一側面で確立されていきます。しかし、現実は一人で成り立っているわけではないという歴然たる事実があります。

つまり「自分」を見つめる際には少なくとも「他者との関係の自分」と「自分との関係の自分」の二重の関係が含まれており、立ち位置によって「自分」は大きく変わってくるという事です。

今回もこの「自分」で大いに白熱しましたが、現代に生きる私たちが他者とどのような関係を結ぶのか、そしてその中でどのように自分自身を捉えるのか、そんな課題をもらった講演会でした。

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