習慣性を見直すということ。

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先日、感情のコントロールについて備忘録的に書きましたが、ヨーガでは感情のコントロールと共に習慣性を見直していく事も最初の段階ではじまります。実はこれ、アーサナするより大事で効果的!なぜかと言えば習慣性が変われば、こころの在り方が変わるからです。

私たち作り上げている性格や行動や反応は8割近くが習慣だと、昨今、本をはじめとする様々な媒体ではよく言われるようになりました。本屋に行くと“習慣力”という文字が並んでいます。でも遥か昔の人は、そんなことにはとっくに気づいていたようです。

ヨーガでいう所の習慣性というのは大きく3つに分けられます。

一つが「身」。これは、貧乏ゆすりのような癖から食べる、歩く、休む、働く、人と関わるといった生活習慣と言われるものまで入ります。二つ目が「口」。どんな言葉を、どんなコミュニケーションの仕方で使っているのかということ。最後が「意」。これには、どんなものの見方や価値観があるのかという思考の習慣とどんな反応をしているのかという感情の習慣があります。

当然のことながらそれぞれが個別で独立しているわけではなく、関連しながら成り立っていますが、特に「身」にしても「口」にしても、その背景には必ず「意」がある事は重要なポイントです。

さて、自分の習慣性を見直す場合、何もない所から見直すというのは、かなり難しいことです。習慣というのは当たり前で自然と思っているので、ほとんど私たちは気づかないうちに行なっているからです。

なので、なにか基準があると良いのですが、この基準がクセモノです。今の時代、基準がコロコロ変わってしまうから(笑)多分、昔も今ほどじゃなくても結構変わっていたと思います。なので、なるべく普遍的な基準の方がよいでしょうし、シンプルな方がいい。

そこでお勧めがヤーマとニヤーマです。(ここでは日常で上手に取り入れ、自分と上手に関わるという前提で書いています)

例えば、アヒムサー・非暴力です。人を傷つける行為をしたり、言葉を使うことはもちろん非暴力に反しています。そんなことしてないからOK!ではありません。

例えば
コンビニなどで前の人が小銭を出すタイミングが遅くてもたついている時、心の中で何か言っていませんか?
仕事を始めとして様々な場面で自分を追い詰めすぎていませんか?
食べ過ぎで身体に負担をかけていませんか?
運動不足で身体がカチコチになっていませんか?
自分の事を自分で過小評価していませんか?
反対に過大評価していませんか?

などなど、日常をちょっと丁寧に見直すだけでも、わんさか出てくるものです。

非暴力でいられないからダメという事ではなく、また頑なに非暴力に徹しようとするのではなく(できないけどね)、まずは基準を止まり木として、自分を振り返ってみるだけでも十分意味があることだと思います。なぜならこの作業だけでも実生活における重要で且つ小さな「きっかけ」になっているので。

そのうえで、取り組んでみるのであれば、できそうな事で取り組むことがポイントです。つまり「非暴力」という抽象的な概念を実際の行為に移すのです。

例えば、

食べ過ぎであれば、よそう時に最初に一口分を減らしておく
仕事の時、1~1時間半に1回は席を立つ
私って駄目だなぁって思った事に気づいたら、「と思った」と言ってみる。

などなど。
そんなこと!?って思いますか?でもそんなことも出来ないのに、もっと大きなことはできな~い!!

もうひとつポイントがあります。すぐに結果を(しかも大きな結果を)求めがちですが、まずは定着させることが最優先です。続けることが重要なのです。

それはドミノ倒しみたいなもんです。一つの駒を倒したら次々と倒れていく。小さなきっかけが、最初のドミノとなって次々と変化していくという感じです。ドミノ倒しを止めないように、最初のうちは注意しておく必要があります。

こうした基準で見直してみると、あら、こんなことも出来ていないのか…と自分としては見たくない自分と遭遇するのでなかなかの衝撃を受ける場合もあります。自分と向き合うって結構大変なこと。(だからこそ、動揺することなく向き合えるようになるためにも、息をや身体の感覚を感じる力を養っておくことをお薦めしています)ただ、それが、今の自分。まずはそれを見守ってあげる事です。無かったことにするのでもなく、なんとか変えようと焦って何かするのでもなく、まずは見守るのです。こうした姿勢は自分だけでなく対他者や対環境などへの寛容さや思いやりなどを育む力となります。そして何より自分自身の助けとなるのです。

最後に、心の事をなんとかしようとする時、ついつい心そのものを何とかしようと躍起になっている人がいますが、あまり得策ではありません。最少の方に書きましたが「意」は常に「身」と「口」の背後にあるのです。つまり、「身」や「口」に働きかけるというのは「意」に働きかけているという事です。心という抽象的で分かりにくいものを扱うのではなく、行動や身体、言葉といった具体的なものを変えていく方がやり易いかと思います。

でも、あくまでも小さな一歩で、ドミノ倒しをお忘れなく。

 

 

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